毎日の家計がかつかつで依頼に飢えている八神探偵事務所の
お得意様は、弁護士時代の古巣である源田法律事務所だ。
所長である老弁護士・源田龍造のもとには、離婚裁判のための
浮気調査といった、神室町の探偵にはおあつらえ向きの仕事が多い。
依頼のひとつでももらえないかと手土産を持って訪れた八神を
待っていたのは、源田のほか、女性弁護士である城崎さおり。
「よっ。さおりさん。これ、どら焼きね。限定もんだって」
表情を変えないさおりだが、一瞬タイピングを続けていた手が止まる。
彼女が甘い物に目がないことは、長い付き合いの八神にとって
先刻承知のことなのだ。
と、そこへ「どうも。八神さん」と声をかけてきたのは、
八神と入れ替わるように源田法律事務所に入所してきた、
新米弁護士の星野一生。
「優秀なんだろ? 司法試験でもトップクラスだったって?」
とまで八神に言わせる星野だが、年齢以上に幼く見える童顔も手伝ってか、
まだまだ貫禄はついていない。
一方、事務所の奥に控えていた源田は、手を擦り合わせて仕事をねだってくる
八神に対しすこぶる機嫌が悪い。
「お前、いつまで探偵なんか続けんだ?
こんな危なっかしい街で」
源田は、八神に弁護士の仕事へ戻るべきだと言ってくれているのだ。
しかし弁護士時代に、殺人鬼を野に放ち新たな犠牲者を出してしまった過去は、八神の心に深い傷を残していた。
それを忘れるためにも、とにかくなんでもいいから今の仕事に没頭していたいと願っている。
すると……
そんな八神の心を見透かしたかのように、事務所の電話が鳴り響いた。
電話をかけてきたのは、八神にとって兄弟子にあたる先輩弁護士・新谷。
ある殺しの弁護をするにあたり、八神に事件の証拠や情報を集めてもらいたいという。
殺人事件となると、源田法律事務所にとっては3年ぶりの刑事弁護依頼となる。
詳しい仕事内容の話をするべく、新谷から待ち合わせ場所に指定された神室町のバー「テンダー」に向かう。
夜だというのにサングラスをかけ、スーツを着崩している新谷は、
八神に対してなにかと偉そうに先輩風を吹かせてくる。
どうやら源田法律事務所を背負うエースであるとの自負がそうさせるらしい。
「ウチの仕事が欲しけりゃ、もっと早く来い。遅すぎんぞ」
などと言うが、人を急に呼び出しておいて無理な相談である。
八神のグラスがカウンターに並ぶと、新谷はスマートフォンの画面に今回の事件の被告人……つまり、弁護を依頼してきた人物の顔を表示させる。
「東城会の松金組若頭、羽村京平。……お前はよく知ってるな?」
羽村といえば、ほんの数時間前に会ったばかりだ。
新谷によると、羽村はついさきほど警察に逮捕されたのだという。
本人は無実を主張しているが、かけられた容疑は殺人……
しかもその事件は今、日本中の注目を浴びる猟奇的な手口として知られていた。
関西から神室町へやってきた極道がすでに3人、
両目の眼球をえぐられて殺されている。
3人目の犠牲者は、つい1週間前に発見されたばかりだった。
その大事件の容疑者として、羽村は警察に逮捕されたのである……
To Be Continued.